毒親(発達障害)と生きる

共感・肯定ゼロ 否定と操縦の子育てからの回復

自分のこと

機能不全家族と第1チャクラ

チャクラはアーユルヴェーダの概念の一つ、機能不全家族の問題は第1チャクラと関わる。人の赤ん坊は母親を通してこの世界と出会う。幼少期おトラウマはその後の人生に深い影響を及ぼす

母のペルソナ(仮面)と私の解離

母(発達障害)はコミュニケーションの拙さを乗り切るために、立派なクリスチャンという仮面をつけ、それが本当の自分だと思いこんだ。私も母の仮面を本島の母と信じ取り込まれた。何かがおかしいと感じながらも気づけなかった。

育つ環境と発達障害

赤ちゃんとお母さんの間には、言葉になる以前の非言語コミュニケーションがある。発達障害を持つ母親は加ちゃんの様子を細かく感知することは難しい。母親に発達障害があって子どもに発達障害があるというのは、必ずしも生物学的な遺伝だけではないかもしれ…

親と子の心理的境界と侵襲について考える

心理的な意味での俊秀は、ヒトのパソナルナ領域に配慮もなくずかずかと入り込んでしまうこと。 親の子どもに対する過干渉も、子どものパーソナルな領域に入り込む侵襲と言える。侵襲を繰り返された子どもは自尊心や他者と境界がわからなくなる。

母(発達障害)のサバイバル戦略 受動と積極奇異

母(発達障害)外では受け身的に振る舞い、家では自己中心的に振る舞う。 母が生きるために身につけたサバイバル戦略だと思う。 母も父も社会的な場面において、形式ばったり、敵対的でない、調和的平和的なコミュニケーションの方法を知らなかった。

発達障害の親と子の苦しさ コミュニケーションの拙さ

高齢の母は発達障害と思われ、コミュニケーションが苦手である。自分の事情をうまく説明することができないと同時に家族(私)は同じことを考えて感じていると思い込んでいる。介護の場面で不都合があるし、過去には子どもの心と体に傷を残す結果となってし…

背中のコリとボリヴェーガル理論

子どもの頃、背中側が凝り固まっていた。背中側の迷走神経は、ポージェス博士のポリヴェーガル理論によると、背中側の迷走神経は、爬虫類にもみられるふるい神経系統で消化、睡眠など生命維持の役割をする。この神経は過剰な反応を示すと、凍り付きのじょう…

定型発達かアスペルガーか、私は何者か?

幼いころからやり場のない寂しさを抱えてきた。共感されたことがないせいだろう。成長した私は母と同じような行動をとるようになった。35歳で体調を崩したのは、自分ではない自分を生きていたからだろう。

母の激しい嫉妬や敵意の理由

軽度発達障害の人の中には、周囲にも本人にもその認識がなく、努力が空回りしたり、周囲との信頼関係が失われてしまっている人もいる。彼ら彼女らは「心身ともに疲れ切って自信をなくし、他のもっと重い障害を持っている人達よりもはるかに自尊心や自己肯定…

私は母の道具?便利な人? 

私は母の道具か?母とやり取りする時に自分が道具か母の手足のお湯に扱われていると感じることがある。アスペルガー症候群と診断された方の身体感覚や世界の見え方は興味深く、母の言動、いままでの私と母の関係を理解するヒントになる。

母が「発達障害」と気づいた時

書店で気になって購入した本を読み、母が発達障害であることに気がついた。子供が必要とする共感など、心理的ケアの一切を母ら受けてこなかった。かなりの歳月を経てそれを知ったことは、自分という存在の根本が崩壊したような感覚であった。

「過剰適応」の設定をOFFにする。

過剰適応とは真面目で何事にも几帳面に頑張ろうとする性格的特徴、本心をなかなか言えず、頼まれると断れない。他人の気持ちが敏感にわかるので、期待されることにした側明ければならないと思い込む。この傾向が強すぎると心理的な問題を生じる危険性がある。

人生は楽しみながら学ぶことなのだろう おそらく

教育(特殊)を学び、働く スローライフに移行 離婚 子育て~介護へ 教育(特殊)を学び、働く 40年近く前、私は大学で教育学および特殊教育学(当時の名称)を学んだ。 大学卒業後は、10年近くは発達に障がいがある子どもの教育、療育に携わった。 職場…