毒親の二面性と愛着とPTSDを考える
親の外面と内面
育つ過程で私が一番混乱したのは、両親の外面と内面の違いである。
芝居の舞台転換のような違い、愛想の良い笑顔から苦虫をかみつぶしたような表情への転換、明朗快活な声色からくぐもったような声色の転換、愛想の良い笑顔から憎々し気に悪口を吐く
別人と言ってよいほどの変化に、幼い頃は驚き、すくみ、わけがわからず混乱し、成長すると裏表が激しい親をさげすむようになっていった。
言葉遣いは多少悪くても取り繕った物言いをしないお店屋さんや相手によって態度を変えない大工さんのような職人さんが好きだった。
逆に慇懃無礼な印象をうける役人や銀行員といったホワイトカラーの人が嫌いだった。
戦争の傷
私は戦後生まれで実体験を語ることはできないが、戦中の日本は厳しい言論統制のもとにあった。
外で気軽にものを言える雰囲気ではなかったことは想像できる。
特に父も母も軍人の家族であったから、特に厳しく躾けられたかもしれない。
その習慣は戦後になったからと言って容易に変えられることではなかったのだろう。
外で立派な人に見られるようにふるまうことが、生きる上での最大の命題となっていたのかもしれない。
終戦直後は、散々威張ってきた軍や兵隊さんには風当たりが強かったらしいので、その影響もあるかもしれない。
しかし、もともとの人格が立派である人はそういない。
普段の自分以上に見せようとすることは、無理がある。
そのしわ寄せは家庭の弱いところに落とし込まれる。
逃げ場のない子どもは、親の二面性に混乱するし、親のストレスの発散対象となってしまったのが、私の育った家庭である。
私にとって家庭は安心・安全ではなかったし、親も親でまた、安心・安全を感じる家庭を経験してはこなかったのだろう。
支配ー被支配の関係
愛着障害の特徴のなかに、人間関係において支配ー隷属の結びつきが強いというのがある。
愛着障害児は「自分を守る」ということに専念するため、人との関係は常に支配ー隷属の結びつきになります。同年代の友達ができないのも、友達の気持ちに共感できず、気持ちにムラがあり、ゲームなども自分流にやろうとするからです。
「子を愛せない母ー母を拒否する子」p48 ヘネシー・澄子
また、トラウマも対人関係のあり方に影響を及ぼす。
支配ー被支配からの関係から逃れにくい
人とのかかわりがもたらすトラウマは、さまざまな力の差のもとで生じます。
支配ー被支配の関係もそのひとつです。
自分自身の操縦桿を自分よりパワーのある人に握られ、操られることで、対等な関係とはなにか、どうやって自己調整すればよいかわからなくなります。
支配ー被支配の関係を逃れるには、まず対等な関係とは何かを認識しつつ、自分をコントロールする力をつけていく必要があります。
支配する側に・・・
自分が受けてきたように相手を支配する
支配される側に・・・
自分の価値を認められず、支配する人の言いなりに
「トラウマのことがわかる本」p25 白川美也子
「自分を守る」ことに精いっぱいで、相手の様子は何も見えていない。
人間関係は上下関係でしかとらえられない。
上の人の言うことは聞くけれど、自分より下と見た人の意見には聞く耳を持たない。
倫理観や良心も欠けている。
(これには驚いたが、だからこそクリスチャンという仮面が必要なのかもしれない。)
戦争前後の過酷な体験によるPTSDもあるだろうから、どこからどこまでが何なかはわからない。
母は「対等な人間関係」はおそらく理解できないだろう。
母は90歳になろうとしているが、1世紀近く前の大日本帝国では、民主主義も自由も平等などの影も形もなかった。
新しいものに対応し、アップデートしていく能力は個人差が大きい。
母はできないタイプ人だ。
(融通が利かない、一度インプットされるとなかなか変えられないという発達障害の特徴もあると思う。)
視野をものすごく広げると、身分制や封建制は愛着障害の人がつくりだしたのか・・・
なんて妄想したりする。